AIは設計に使えるか?AIとの距離感とは
更新日:1 日前
投稿日:2026/7

設計にAIを使うときは、AIに任せきりにせず人間が判断する距離感がとても大事です。
こちらのブログでは、AIが設計で苦手なことや世界的な事務所の使い方そして設計事務所としての実際の付き合い方までお話させていただきます。
簡単に下記にこの記事でわかることをまとめてあります。
この記事でわかること
① AIで案を出し続けると「決定打に欠ける」と感じる理由
案はたくさん出るのに全体を貫くデザインの背骨が細くなってしまう違和感の正体を解説します。
② AIが語れない「設計の物語」とは
事例調査や条件整理、小さな決断の積み重ねから生まれる設計の線とAIの断片的なアウトプットとの違いを整理します。
③ 世界的な設計事務所もAIの案を「人間が選別」している
デザインの文法を与えて大量に試しほとんどを捨てて核だけを選ぶというAI活用の実際の姿を紹介します。
④ AIを「壁打ち相手」「道具」として使う距離感
コンセプトの検討や3D検討用のスクリプト作成など設計に集中するためのAIの使い方をお伝えします。
⑤ コンペ初期や案が膠着したときの相談先
設計事務所との協業やデザインサポートで行き詰まったプロジェクトを外からの視点で動かす方法を紹介します。
目次
AIは設計に使えるか?AIとの距離感とは。
AIで外観や内装のバリエーションを出すのが当たり前になりました。
でも、そうやってAIで案を出し続けていると、
「案はたくさん出たけれど、どれも決定打に欠ける」
「全体を貫くデザインの背骨が細くなっている」
といった違和感を感じるときがあります。
これはAI生成という手法そのものが抱える「クセ」なのだと思います。
「AIは設計に使えるか?AIとの距離感」についてこのブログでお話していこうと思います。
AIが「物語」を語る役割ではない。
プロンプトを叩いて出てくる絵は、いわば「五足飛ばし」のアウトプットです。
一方で私たちが日々やっている設計は、事例調査や条件整理・コンセプトの練り上げを繰り返しながら少しずつ正解を掘り当てる作業です。
このプロセスの中で、「あえてやらないことを決める」とか「この条件のために、この形を選ぶ」といった小さな決断を積み重ねるからこそ、その線には物語が宿るように感じます。
AIはあくまで「今の指示」に対する断片的な絵を吐き出すツールなので、その裏にある「なぜそうなるのか」という物語までは語れません。
AIで生成された案を並べて、どこかちぐはぐに感じるのはおそらくこの「物語の欠落」が原因です。
結局は「人間が篩にかけている」
ザハ・ハディドやフォスター+パートナーズといった世界的な事務所のAI活用を追っていると、彼らも意外と泥臭いことをしているのが分かります。
彼らがAIを使うのは、白紙から「何かいいもの」を願うためではありません。
自分たちが確立したデザインの文法や条件をガイドラインとして与え、その中で大量のバリエーションを試しほとんどを捨てて本当に核となるものだけを人間が選別する。
結局のところ最後に設計の強度を決めているのはAIの生成能力ではなく、人間の「選球眼」なのです。
「デザインパートナー」として。
私はAIは「生成ツール」だけでなく、思考を広げるための「壁打ち相手」、またはとても高性能な道具として使うのが一番しっくりくると考えています。
「このコンセプトで、空間の構成を作らせてみたらどうだろう」とか「ここの問題に対しては、こういう手法で解くべきではないか」といった、デザインや設計する際に出てくる疑問や問題を素早く確認するためのディスカッション。
あるいはデザイン検討のための3D検討時に便利なPythonスクリプトを作って検討を効率化するといったサポート。
こういったとても便利な道具として使うことでより設計に集中することができ、ひとつひとつの確認を丁寧に行うことで案の解像度は一気に上がっていくと感じています。
私自身、設計事務所を運営する中でこうした確認をする機会が増えています。
協業のような同じ設計事務所の方からのご依頼で、コンセプトの背骨を一緒に太くしていくデザイン手法と少し似てるようにも感じます。
他の設計事務所の方との協業やスペシャルデザインサポート(設計提案支援サービス)でも、これまでの当事務所の経験やAIを用いながらよりプロジェクトを前に進めております。
まだコンペの初期段階で迷っている、社内の案が膠着してしまった
——そういう、ごく初期の検討段階からのご相談も歓迎しています。
外からの少し異なる視点が、行き詰まったプロジェクトを動かすきっかけになれば嬉しく思います。
AIにできること・できないことについては、以前「AIはまだパートナーではない。」という記事でも書きました。あれから状況は少しずつ変わってきていますが、根本の構造は今も変わっていないように感じます。

